
弥生時代に使われていた「川屋」では、足置き台に乗り、下に流れる川に向かって、用を足していました。
川に垂れ流すため、川下に住む人たちにとっては、不衛生極まりない状態でした。
平安時代に使われていた持ち運びができ、「おまる」として使われていた「樋箱」。
蓋を開けて、その中に用を足していました。
樋箱の受け皿の中には、砂や灰を入れて使っていました。
用を足した後は、汚物の受け皿を取り外し、汚物を排出していたようです。
お姫様が使用する時は、着物の裾をT字形の棒に掛けていました。
平安時代の貴族は、占いによって生活リズムを定めており、「便所に行ってはいけない日」もあったとか。
平安時代には、大便用の「樋箱」だけでなく、小便用の「御小便箱」もありました。
樋箱と同様、下の受け皿に汚物を排出して、持ち運び用としても使われていたようです。
お姫様の着物をかけていたT字型の棒は、和便器の「金隠し」の原型です。
ちなみに当時の一般庶民は、外の適当な所で用を足していましたが、鎌倉時代になると決まった場所で用を足すことが多くなりました。
黄門様で知られる水戸光圀公は、「のし」の形をした便器の中に消臭作用のあるスギの葉を敷き詰めて使用していました。
臭いを消すとともに、敷き詰めた葉によって用便中の音が吸い込まれ、まわりに小便が飛び散らないという効果もありました。
スギの葉には、消臭効果や殺菌効果もあるということを、黄門様はご存知だったのでしょうか。
江戸時代には、幕府から肥料を確保するために便所を設置することが奨励されたそうです。
人の大小便は、栄養分の高い農業用の肥料として使われ、売買されるようになります。
そのため、大小便を溜めておく目的で、便所が作られました。
道ばたにも桶が置かれ、それに女性が立ち小便をし、溜めたものを農村からたくさんの人が買いに来ていました。
また、大名屋敷のものは、庶民のものより高く売れました。
明治時代に作られた陶器製の便器です。
それまでの便器は木製だったことから、耐久性を高めるために、陶器製の便器が登場しました。
瀬戸や常滑地方で作られ、表面に絵柄を施した高級なものでした。
木製便器の型を模して作られ、角型になっています。
この後、歪みの出にくい小判型に変わっていきました。
昭和初期に使用されていた和便器の本体には、下水からの臭いやねずみ、虫などが上がってくるのを防ぐためのトラップがついておらず、鉛製の管を加工して使っていました。
昭和2~3年に発売された日本最初のサイホンゼット便器。
当時は、高級品で、国会議事堂や東京の同潤会アパートなど、主に昭和初期の著名な建物に設置されていました。
サイホンゼット式のトイレは、水が溜まる部分が広い分、汚れがつきにくく、臭いもしにくいという特長があります。
消音も節水も実現。そして、ウォシュレットがついたトイレは、ベストセラーに。
昭和51年から発売され、消音・節水機能を備えた住宅向けの便器です。
当時の水不足を解消するため、それまでサイホンゼット方式では20リットル、サイホン式では16リットルだった流水量を、それぞれ13リットルにまで減らすことができるようになりました。
これが初の節水便器です。
また、ウォシュレットGXは、昭和63年から発売され、「おしり洗浄」、「暖房便座」の機能が付いており、当時のベストセラーでした。